探求・天知道


星よ さようならを云うのはよそう たとえ今夜が終りを告げても 明日の夜には又逢える

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君はウニを見たか

「君は海を見たか」について、船乗りの娘である私の独白記事です。

私はどうやら海から離れて住めない性分で…
学生の時盛岡に住んでましたが、海が見えないのが不安でしょうがなく
卒業後さっさと彼氏(今の夫)を残して実家に戻りました。
海から離れたのは38年の人生で4年しかありませんです。はい。
で、幼少時から海ぺりの曾祖父の所で預かって貰い、遊び、海の仕事を手伝わされました。
今も便所の窓からちらっと築港が見える家に住み、潮風浴びっぱなしです。

さて、ウニ漁シーズンです♪
北海道ではこのように、イカダから海中をのぞき込んで
(A新聞にリンクします)
http://mytown.asahi.com/hokkaido/news.php?k_id=01000650908280001
優雅に1コずつ獲りますが…

東北以南では潜水でガツガツ獲ります。
先週、母の長兄(70)が60kg獲ったそうですが…
痩せてて売り物にならなかったそうです(爆)

くだんの伯父、20年位前までは、いわゆる「南部もぐり」でした。
祖父ももぐり。50年ほど前に、厚岸沖で亡くなりました。
母と小さい妹弟たちを食べさせるため、
進学をあきらめ、潜水夫になり、各地の港湾工事をしました。

伯父は年もあって体をこわし、60kgある潜水服を着るのも無理になり、
丘にあがったのですが…
それまで潜っていたおばちゃん(伯父の妻)が心臓を悪くし、断念。
65過ぎてから今度は潜水スーツを着て潜ってウニ獲ってます。

岩手県種市のウニ漁や、潜水技術の詳細はこちらで↓

岩手県旧種市町(現洋野町)HPの「南部もぐり」の説明
http://www.town.hirono.iwate.jp/outside/taneichi/syoukai/moguri/moguri.html


嗚呼、夢創塾アク卜の担当者でした…
卒業できずにうだうだしてる、100km離れた彼氏の面倒(今の夫)見てました。
過労と心労で体が弱って血尿が出たり、
持病再発防止のため主治医に2ヶ月の強制入院させられるような仕事してましたねえ…

漁業権持ってる人が潜って獲る様子
http://www.town.hirono.iwate.jp/info/localnews/detail/1-272.html
母も会社勤めする30頃までは潜ってました~
体脂肪のせいで浮くので、鉛を4コ(確か20kgぐらい)腰に巻いてヒイヒイいってました。
夏休みは母の獲ったウニをむく作業の手伝いで大忙し。
壊したふりして食べるってえ所がコツですね。

ここには書いてませんが、父方の曾爺さん(正しくは曾婆さんの兄ですが)が
潜りの大ボスで、潜水夫をこき使い
香港(発音はホン↑コン↑が定着・笑)等に
神戸から干鮑を輸出して大もうけしてました。
恨んでる人多いと思います…潜りの過労はカタワになりますから。

曾爺さんも死んで、元町長の家から貰ってきた婿さんの代になりイワシが獲れなくなって、
その後事業が傾き、会社は倒産寸前(あれ、一回つぶれたっけか?)

今は「がまずみエキス」売れまくりです。やっと恨みが抜けたんでしょうかね…

100221-1.jpg 100221-2 100221-3

箱買いして送ってもらっています。
これでギリギリ体を持たせてる状態。
持病の多発性硬化症の再発予防にも利いてるんでしょうか?
父方のマキ(親戚)には、
どうやら膠原病やリウマチやパーキンソン…
そういった自己免疫疾患の人が多く、
親戚が買っている状態ですが(笑)。

でもって、自己免疫だと本人はいうんですが、
自分のリンパ?で毛根をやっつけてしまった父。

100202-2

ダイハードな親父(本業は機関士)です。頭部が似てます。
いやあ、よく生きてるモンです。

実家で船やってたとき、止めて借金背負い北洋船に乗ったとき、
200海里問題で北洋がダメになり南洋に移ったとき…

いずれも何度死んでもおかしくない状況でした。
ソ連の巡視船に銃撃受けたり、アリューシャン沖で遭難しかけたり、
南洋にイカ獲りに行くときは赤道越えのあたりで台風や海流と闘い…
夜仕事から帰ってきた母が、ラジオを聞いて
気象図を描いていたのを想い出します。
あのスターリンな母にもそんな時があったんですね。
今はまさに暴君ですが。

IHIの孫請けに勤めた時は、ほっとしましたね。
ああ、もう荒れた海に出ることはないんだ~って。
でも工事現場なので、クレーンがぶっとんで来ます。
顔に大けがしたこともありましたね~何度かかなり大けがしてますね…
でも治癒力の強い親父、すぐ治ります。
ちょっとした血の出るくらいの切り傷なら、次の日にはなくなってます。
あんなに酒飲むのに…どういう構造なんだと不思議です。
ということで定年退職しても、妻と息子の借金のせいで
IHIの曾孫受けの同じ船にまだ乗っててくれということで、船底生活送ってます。
ただし…連休盆正月で自宅に戻るとき…
何故か私に助けを求め、「来ねえのが?」って聞きます。
母には一人で対応不可ですからねぇ…
母VS父・夫・私でやっとなんとか…それでも負けますが。
ただ実家のお盆はそりゃあまあ旨いモノが食えますし、
北海道より涼しいので(ヤマセで黒い霧の世界です、ローンウルフ一匹狼です)
夫は行きたがってしょうがないのですが(あいつは陸中八木駅が見たいだけだ)
エアコンのガスが切れて利かなくなった11年目の愛車オルティアちゃんでは…キツイ…
つか連日の接待で…金がないっ!!
自動車保険の更新が来る…金無い…どうしよう…
いっそ自賠責だけで…嗚呼。
しかし札幌郊外のコンビニ駐車場で
悪徳製薬会社破落戸営業員の車のドアに汚れ付けただけで事故扱いになり、
ケンカしたが負け、全部保険でまかないましたが…負けるんだよな共済だと。
ということで事故歴付いたので、また保険料が上がってる…

車検前に整備工場入れて、ガスとブレーキパッド交換、
下回りのさび全部落としたいんですけどね…
(北海道の車は下回りが錆びて、中古市場では闇扱いです)
それも金がないか…嗚呼。

はっ、話がそれましたが。
その実家に行くときに、大抵私が先に乗り込んで荒ぶる連中を抑え
それから夫が車乗って来ますが…

必ずどこか下回りが壊れる!
マフラー落ちたの2回。
ブレーキ利かなくなり、父知り合いの整備工場でブレーキパッド交換(原価でやってもらいました・感謝です)
つまり夫には…愛車で私の実家に行って欲しくない。
しかし…帰りに土産というか買い出しするのにはやはり車が一番。

ということで、元漁師の錆びだらけの家に「またおんぼろ車で来たか」って笑われる夫。
外見は多少の擦りはあれども、綺麗ですよ~カッコイイ!
エンジンはまだまだバッチリですし。小回り利かない安定性が最高!!

実家は…古いです。昭和24年築。冬は寝室で寝息が凍ります。
30年前のシロアリ被害がまた勃発、傾いてます。
増築部分も古くなり、いやあ、バリアブルですねえ。便所で身動き取れない狭さ。
それでも行けば食べ物に困らないので
(料理しなくていいいし、親戚や親の友達が生魚持ってくる)
避暑地としては最高です。両親が飲んだくれてケンカさえしなければ。

改築前は五右衛門風呂があったり、井戸があったり、
網小屋(お仕置きによく使われる)があったり
外便所があったりと、いかにもな漁師の家でしたが
今はその面影はありません。

弟が産まれる前、ハウスで塩ワカメを詰める作業してましたが
その頃から「しおっぽ」(塩焼け)のあった私。今でも赤ら顔。
その後ハウスで椎茸育てたりもしてました(船止めて椎茸売ってた)。

祖母がバリバリ生命保険を売って死んだ祖父の船借金を全部返し
跡目を母に継がせて優雅な退職生活。
その後母がバリバリ稼いでたころ…

私は脳腫瘍の疑いがある、ということで、脳外科に入院。
高校2年の春先、突然物が2つに見えるようになり…
当時のレントゲンや初期型の芋洗いもといMRIでは判別不能な小さな影。
脳内の血管に瘤が出来ているかもということになり、
大腿部付け根の動脈から造影剤を入れるという、
ほぼ手術に近い大きな検査をしました。
父が丁度会社の都合で定職期で家に居ましたので、
父が看病、母は大阪に長期出張。
隣で寝ている比較的若い奥さんが、
硬膜下で手術になり、頭剃られたのを見たときは
ああ、私もこうなるのかな?って覚悟したし、なんとなく、死ぬのかもしれないなあと思いました。
しかし結局病名不明で退院。経過観察となり体調不良が続きました。

でも何度も死を覚悟している元漁師一家。
励ましの言葉は
「死んだらじいちゃんの隣にはいるんだぞ」
「ケン(弟)と違って、んが(お前)は盗人してねがら、てんごぐさいげんべ」
ですよ。笑い話で蹴散らしてました。
私も「んだな、わだらてんごぐだな」と非情もとい非常に楽観的。
だって母が妊娠中、北海道で二度死にかけてますから。
もともとあるほうが不思議な命だと思えば、そんなに哀しくもなかった。
ただ気分が悪くて途中下校する時、校長に見られて「なぜ今帰るんだ」と問われ
「具合が悪いんです」と答えたところ
「不摂生だ」と云われたことだけがショックです。
その後授業はロクに出席してません(笑・最初成績悪かったので、進学校でも就職クラスで居る価値なし)。
登校したら部室に籠もり、午後は映画観に八戸の繁華街に友達連れ出して遊んでました。

家で受験勉強してると母が「落ちろ~」とビールの差し入れ(爆)
それで勉強止めて小説やらエッセイやら書いてました。
それでも一発で受かる国立しか受けませんでした。
それでよかったと思っています。金もださないっつうし。
学費は祖母が出してくれました。
借りると返すのイヤだってことで、奨学金制度全部蹴りました。
先生になるつもりは毛頭なかったし…
学芸員資格獲るという名目で父は許してくれましたが
件の博物館学、最初の1コマで嫌気が差して止めました。
後の教育関連の単位も受けたくなかったし。
(夜に賭けてた学生でしたww 親戚のスナックでバイト、人生修行になりました)
我慢して単位獲った夫、そこだけは褒めたいです。
なんせ良いガッコ入って
エリートになってバリバリ働ける体じゃなかったですし、
じゃなきゃ浪人して留年してる夫と出会えませんでしたから。
じゃなきゃ成人した年に多発性硬化症と診断されて長い検査と辛い治療入院(2ヶ月)をこなせなかったでしょうから。成人なのに働けない、って洒落になりませんからね。

夫は…対照的に先生の息子ですから…まあおぼっちゃまです。
そういう荒れた幼少期は過ごしたことがないそうで…
海なんか遠い存在だったそうです。
しかし山に入ると「ィヤッホー」と叫ぶなど、野人化しますが。
だからこそ私の実家の野人っぷりが楽しいんでしょうかね…

そういや私の描いた海の絵は、必ず断面図だった様な気がします。
泳げなくて潜るのが趣味でしたからね…
海底から生えるワカメや昆布、ウニ、アワビ。
そんなのを描いてた気がします。

ということで、海の絵は、必ずしも砂浜と青い水面じゃあないんですよ大石先生。
そういう一元的な見方が、戦争へと日本を導くんですよ…
一元的な教育を受けた子供達が、今、会社の中枢を担い
3時間かけて通勤してマイホームに向かう。
その少し下の私たちの世代は就職難で仕事もなく、
未だに人生の先が見えずにいて、子殺しをしたり、他国に意味のない敵意を抱いている。

なんか太平洋戦争の直前の様相を呈しているなあ…
と、21世紀に入ってよりそう思うようになりました。

大石先生はラストシーンで反省しますが
倉もっちゃんはどうなのかな…
というか、倉もっちゃんファンは、
北海道についてどんなイメージを持っているんでしょうか…
「北の国カラ」みたいなちんたらしたことしてたら
凍死しますから…(家の実家もそれに近いので判る)

内地の皆さん、北海道は怖ろしいところです…
温暖化で気候が代わり、夏の爽やかな空なんてもう拝めません。
冬は吹雪率が下がった割には大雪、やり場がありません。
今年の果実類は全然獲れない見込みだそうです。
酪農業も大変です…風評被害で売上ダウン。
殺処分に近い悲鳴をあげる農家の皆さん。

でもスペインで仕事するよりよかったかも…シゲル…
奥様と旅行した北海道で仕事してたら、もう少し長く生きていたのかな、
と没後四半世紀直前に思う今日この頃でした。

アルハンブラ宮殿を聞きながら。  長筆失礼いたしました。
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Author:うつほ
北海道★ド田舎極小PCスタジオチーフ。
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パソコンが仕事なのに視神経脆弱…よって近況は→ うつ咆吼

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